現代における仏壇の存在

現代人にとっての「祀る」という意味

仏教が伝わり、いつのまにか人々は何らかの宗派に属することが一般化しました。けれども今の私たちは信仰を中心に暮らしているかと言えばそうではありませんね。 お葬式や仏壇購入時に自分の宗派を思い出し、よくわからないまま人に言われるとおりに準備することが多くないですか。宗教を信じているわけじゃないのにまわりからあれこれ言われたりそれに反論するのもめんどうなので流されるままに、祀ってしまうことがあります。これでは祀られる方は少し寂しい思いをしておられるかもしれません。身近にいた人が亡くなり残された者が供養する時、何をしなければならないのでしょう。いろいろな知識が先走ってしまいがちですが、本当は決められたことなんてひとつもないのです。私たちを生み育ててくれたご先祖さまに感謝し、多くの生き物をはじめ太陽のエネルギー、水、空気、地球など、大自然の偉大な力に畏敬の念を抱くこの気持ちを素直に表現すること。これが本来の「祀る」ということではないでしょうか。


ルールはあなたの気持ち

口常生活において欲しいものは自分の好みで購入するのに、ご先柑を祀る時は白由にできないというのはどこかおかしいと思いませんか..ルールがあるとしたらそれはあなたの気持ちです。「たいせつにしたい気持ちを満足の行くようにカタチに表現」できればそれが一番の供養です。住環境の変化にしたがい、仏壇のあり方もずいぶん変化してきてきました。仏間のない家やマンションは増加の一途をたどっています。仏壇のデザインや祀り方も、その変化に合わせて変わるべきではないのでしょうか。そちらの方がきっとご先祖様も喜ばれるはずです。


それでもやっぱりためらいが

宗教心のある方はご本尊やお位牌等をその宗派に則りご用意されますが、仏壇はその入れ物ですから形式を重視する必要はありません。お寺によってはご本尊をしっかり祀ってくださいとは言われますが、仏壇のことはあまり言われません。あるお寺さまで、新築されたご白分の家に、イタリア製の現代仏壇をお求めになるという例もありました。また、西本願寺の新聞にも現代仏壇の広告を出稿したことがあリます。校閲で断られることはありませんでした。要は自分の気持ち次第、そう、白分の心という原点に戻ってみると答えはすぐに見つかるはずです。